2015年2月27日金曜日

桜空かるた会はどうしてできたのか

今、中学2年生の子供たちが、約4年前に小学5年生でかるたを始めたころは、長崎市内で競技かるたができるのは、平山茶道会館が主催していた「百人一首クラブ 八雲会」だけでした。
八雲会で競技かるたを初めた子供たちで、もっと強くなりたい子供たちは八雲会の練習の他にも長与町にある長与かるた会まで毎週通うようになりました。
その子供たちも中学生になると部活を始めたり、また、小学生のころに比べると中学生は学校生活も忙しくなりますので、長与町まで練習に通うのが時間的に厳しくなります。それで子供たちは長崎市内でも練習ができるように、桜空かるた会を始めました。
桜空かるた会の『桜空』はどうやって決まったのかというと、子供たちが通っていた中学校が桜馬場中学校という校名で、略して桜中(おうちゅう)と呼ばれています。八雲会の練習会場が桜馬場地区ふれあいセンターという名称でした。桜馬場のさくらの一文字を貰って『桜空かるた会』となりました。『桜空』は、『おうぞら』と読みます。ローマ字で『OUZORA』です。 桜の一文字を貰った桜馬場中学校の生徒さんたちには、特に桜空かるた会に入会してもらいたいですね。練習会場も近いし。子供たちが長与町に通っていた頃に比べると、市内で練習できるので競技かるたを始めやすいのですけどね。 もっと広報しないといけませんね。
八雲会は今はありませんが、長与かるた会、桜空かるた会の指導者は、長崎県かるた協会会長の清水先生に指導して頂いています。